Episode1

 「お持ちいたします。」弾んだ明るい声が、私の重いキャリーバッグを持ち上げていた。振り向くと、中学生ぐらいの制服を着たきれいな女の子だった。

 「ありがとうございます」と私も手を添えて、地下鉄の階段を昇った。

 「本当にありがとうございます」と言う間もなく、ロングの髪と襞スカートが風になびいて走り去って行った。

 

Episode2

 「May I help you?」。早口の英語は、たぶんこう言ったのだろうか。さっとキャリーバッグが持たれて行った。見上げた階段の先、駅のホームでその成年が笑っていた。

 息を切らせて追いつき、「Thank you very much」とやっと心からの礼を言った。東京駅山手線ホームの出来事であった。

 

Episode3

 間引き運転の混雑で、身動きできない地下鉄の車中、すり抜けるようにして立ち上がった青年。「どうぞ」と目で示されたシート。

 しかし、私は重いバッグを2つ抱え、4輪の中型キャリーバッグを押さえる手がない。「終点まで行きますから、私が押さえてますよ」涼しい声で言われた。ストッパーがついていても、うまく定まらない4輪だった。

 「すみません、ありがとうございます」と神妙な声で礼を言った。

 出張で常に移動も多く、地下鉄や階段の昇降も多い。この1ヶ月という短い期間に何回も、心から「ありがとう」を言った。このようなことはここ数年あっただろうか。突き飛ばされそうになったことは何度もあったが・・・。

 東日本をおそった大地震で、人々の心にふと立ち止まり周囲を見る穏やかさがうませてのだろうか。
 TVで時々刻々と見る瓦礫と化した街々。立ち並ぶ原発建屋の危険な地域で、献身的に必死で放水を続ける自衛隊の迷彩服。消防隊員の赤い制服、警察隊員の紺の凛々しさ。

 身内を失いながらも、避難者を救援する自治体の人々。米軍の「トモダチ作戦」をはじめ次々と駆けつける外国からの救援隊。そして、誰に言われるまでもなく集まった、多くのボランティアの若者の純粋さ。

 かつてこれほどの自然災害の惨状が日本にあっただろうか。

 多くの国民が胸を衝かれ、瞠目し、目を潤ませたことであろう。同じ生身の人間の働き、そこに集まる日本だけでなく世界中からの支援物資、義援金、そして行動。
 そこにオーバーラップして映されるには、「AC」のメロディーと語りかける言葉。老婦人に手を差し出す青年―。

「こころ」はだれにも見えないけれど
「こころづかい」は見える
「思い」は見えないけれど
「思いやり」はだれにでも見える

-宮澤章二 作「行為の意味」-

 別のCMにもある金子みすずの詩のように、やさしくはこだまのように誰にでも伝わっていく。
 日本人の全てがいま、ひたひたと人のためになるようにと衝き動かされていると思う。
 特急の電車内はいつにない静けさ。街が再生されたとき、人々はきっと今までと違う勇気と優しさを授かるのであろう。復興に向かう全ての人々に一日の安寧があることを祈りつつ・・・。