インフレ下における賃上げ・雇用・景気
2025/03/10
「インフレ経済」が顕著になってきました。 インフレ下の" 経済" では、インフレ下の" 経営" が必要となってきます。 今月のかわら版では、インフレ下における「賃上げ」「雇用」「景気」などの指標を見ていきたいと思います。 |
①インフレ経済・賃上げ
36 年ぶりの" インフレ経済" が定着してきており、「価格」や「金利」は上がらないもの、という平成初期からの" 常識" が36 年ぶりに覆っています。
インフレ下の" 経済" では、全てが「右方ベクトル」であり、インフレ下の" 経営"が必要とされます。
インフレ下では、当然ながら「コスト」も「右方ベクトル」であり、「コストダウン型経営」は非常に難しい環境と言えます。
また、「入りを短く、出を長く」の「資金サイト型経営」も、昨年の「手形サイトの60 日以内」の行政指導ルールに代表される現状の環境下では、非常に難しくなっています。
その中で、やはり重要な判断を迫られるのが、「賃上げ」への対応です。
「賃上げ」を考える際に様々な情報ソースがありますが、「日本全体のマクロに対する指標」と「地域や業種や企業規模など" 身近さ" に対する指標や空気感」の両方を複眼で見ることが大切です。
様々ある調査発表のうち、いくつかを見ていきましょう。
1.毎月勤労統計調査
厚生労働省が毎月発表する指標(労働者5 人以上から3 万3 千社の抽出)です。
その中の「現金給与総額=労働者が受け取る給与」が注目なのですが、着目点はその実額よりも、業種別の「前年比」が重要です。
令和6 年の速報値では、「全業種平均」での前年比は「2.9%」となっています。
主な業種の令和6 年速報値での「前年比」は以下の通りです。
就業形態計 | 現金給与総額(円) | 前年比(%) |
(全業種) | (343,182) | (2.9) |
建設業 | 451,889 | 4.6 |
製造業 | 413,030 | 3.0 |
運輸郵便業 | 387,878 | 2.8 |
卸売・小売業 | 306,936 | 3.9 |
飲食サービス | 140,288 | 2.1 |
教育学習支援 | 399,749 | 2.9 |
医療福祉 | 310,899 | 3.0 |
複合サービス | 382,201 | 0.3 |
他サービス | 287,152 | 3.4 |
前年比では上記のようになります。
この指標の注意点ですが、現金給与総額の実額では、例えば飲食サービス業は他の業種より低く見えています。
これは「就業形態...正社員やパート・アルバイト」を全て加重平均しているためで、飲食サービス業の「一般労働者枠...主に正社員」に限ると「352,380 円」であり、「パートタイム」が多い業種では「実額」は細分化してみる必要があります。
就業形態別に見ると、例えば医療福祉では「就業形態計」での前年比は3.0%ですが、個別に見ると「一般労働者枠」では前年比2.2%、パートタイム労働者枠では前年比5.3%となっています。
2.様々な機関の実態調査
様々な機関が実態調査を行って都度の公表をしています。
<厚生労働省>
厚生労働省が「令和6 年分の実態調査」を昨年10 月に公開しました。労働者100 人以上の企業から抽出(3,622 社)して調査し、有効回答は1,783 社です。
大手企業も含まれるため、規模別の「100 人~ 299 人企業規模」の数値も併記します。
①改定を実施するか、しないかの状況
1 人あたりの平均賃金を...
〇引き上げた又は引き上げる企業・・・91.2%(90.3%)
〇引き下げた又は引き下げる企業・・・0.1%(0.1%)
〇賃金改定を実施しない企業 ・・・2.3%(2.1%)
※カッコ内は100 人~ 299 人企業規模
⇒この統計によると「引き上げた又は引き上げる企業」が9 割を超えています。
この点は後述しますが、調査の対象企業の企業規模が労働者100 人以上という点に要注意です。したがって、100人~ 299 人企業規模の数値は、全体数値より弱含みとなっています。
②業種ごとの改定率
令和6 年・令和5 年の1 人あたりの改定率を示すと次のとおりです。
(全業種平均のカッコ内は、100 人~ 299 人企業の数値)
令和6年(%) | 令和5年(%) | |
(全業種) | 4.1(3.7) | 3.2(2.9) |
建設業 | 4.3 | 3.8 |
製造業 | 4.4 | 3.4 |
運輸郵便業 | 3.2 | 2.7 |
卸売・小売業 | 4.3 | 3.1 |
飲食サービス | 3.7 | 4.4 |
教育学習支援 | 2.7 | 2.7 |
医療福祉 | 2.5 | 1.7 |
他サービス | 3.2 | 2.2 |
③改定額
改定額の抜粋を見ると、次のようになります。
(全業種平均)
・令和6 年では11,961 円(10,228 円)
・令和5 年では 9,437 円(7,420 円)
※カッコ内は100 人~ 299 人企業規模
<商工会議所>
昨年公表された日本商工会議所・東京商工会議所の「中小企業の賃金改定に関する調査」では、次のような発表がありました。
改定額 | 改定率 | |
正社員(全体) | (月給)9,662円 | 3.62% |
正社員(20人以下) | (月給)8,801円 | 3.34% |
パート等(全体) | (時給)37.6円 | 3.43% |
パート等(20人以下) | (時給)43.3円 | 3.88% |
3.民間企業の調査
様々な民間企業が、顧客企業アンケートを中心とした各種のデータを公表しています。
その中で、大同生命が全国6,961社への調査結果(従業員数は5人以下が49.6%・21人以上が17.6%)を今年1月に公表しています。
①令和6 年に賃上げをしたか
実施した= 58% 実施していない= 42%
(令和5 年調査より3 ポイントアップ)
②令和7 年に賃上げの予定は...
(中小企業) 実施予定= 33% 実施予定なし= 31% 検討中= 36%
(小規模企業) 実施予定= 24% 実施予定なし= 41% 検討中= 35%
※小規模企業...卸小売・サービス業で従業員5 人以下、製造・建設業等で20 人以下
また、令和7 年に実施予定とした企業のうち、約半数は令和6 年にも賃上げをしていますが、令和6 年に賃上げをしていない企業で令和7 年に賃上げの実施予定企業は6 ~ 7%にとどまっており、この点での企業の二極化がみられることがわかります。
③令和7 年に賃上げの予定の企業の賃上げ率は...
(中小企業) 平均3.4%(前年比3%未満が52%、3%~ 4%が20%の企業)
(小規模企業)平均3.4%(前年比3%未満が55%、3%~ 4%が16%の企業)
以上、いくつかの指標を見てみました。
毎月勤労統計で「2.9%」など、いくつかの率が並びますが、注意点は「調査対象企業の企業規模」を見て、「数値を見る」ことです。
例えば、「2. 様々な機関の実態調査」での「厚生労働省の調査」は、「100 人規模以上の企業の調査」です。したがって、今回の指標の中でも「高め」であり、例えば「1 人あたりの平均賃金を引き上げた又は引き上げる企業は91.2%」というのは、中小企業全体の傾向からすると「かなり高め」の感はあります。同じく「業種ごとの賃上げ率」の表示も「高め」です。
逆に、大同生命の調査では、「調査対象企業が従業員規模5 人以下の企業が約半数」です。この調査においては、「賃上げ実施企業が58%、未実施が42%」という回答です。その58%の賃上げした企業の中での、その賃上げ率が......となります。このように、「数値の前提条件」を鑑みることが大事です。
これらを踏まえて、「2024 年中小企業全体の概略」がどうかですが、業種ごとも異なり、非常に難しいですが、まず「給与の引き上げをした企業の割合」は60%台中盤から70%台中盤程度が目安ではないでしょうか。また、「その引き上げをした企業の中での賃上げ率」は、2%後半から3%前半あたりというのが、2024 年の中間値かとも思います。
②雇用状況を見ると...
「雇用状況」は、言うまでもなく企業経営の重要なバロメーターですが、「有効求人倍率」を見てみます。
ハローワークの求職・就職の状況をまとめて、厚生労働省が毎月公表している倍率で、倍率「1」は、事業所が募集する「仕事の数」と仕事を探している「人の数」が同じで、均衡のとれた状況を指します。
したがって、「1」を上回る時は、求職者よりも求人する事業所が多く、高ければ高いほど「人手不足感」が強いと言え、逆に「1」を下回る時は、求人に対して仕事を探す求職者の数が多く、「人手過剰感」と言えます。
次ページのグラフは、全国及び栃木・群馬・埼玉各県のデータです。
まず特徴的なのは、常に「群馬」の有効求人倍率は全国平均よりかなり高く、次に全国より低い形で「栃木」「埼玉」と続く傾向です。
2021 年12 月は、まだコロナの真っ只中で低い傾向ですが、2022 年12 月では、「コロナ後」を見据え人手の需要が一気に高まり、全国的にかなりの上昇となりました。
2023 年12 月からこの1 年は、全国的には大きな上下は見られませんが、栃木県は若干の上昇傾向であり、逆に群馬県は昨年の3 月をピークに、戻りつつある感があります。
ただ、各業種とも採用の難しさを背景とした人手不足感は強いのが現状であり、有効求人倍率と現状との「差」を感じます。これは、既存社員の昇給をした企業を中心に、定着率が落ち着いていることが、統計上は見て取れるのでは、と考えられます。
③景気ウォッチャー調査を見ると...
景気ウォッチャー調査とは、内閣府が、地域ごとに景気動向に敏感な職種への調査を行い、毎月発表している指標です。
「景気診断DI」が最も基本の指標で、「50」より上であれば「景気は上を向いている」と判断され、「50」より下であると「景気は下を向いている」を意味し、「50」が判断の分かれ目です。
多くの期間は中間値である「50」を挟んで前後しますが、2008 年~ 2009 年の「リーマンショック」、2011 年の「東日本大震災」など、大きな経済ショックや大災害があると「大幅な落ち込み」と「急回復」で大きく動きます。
コロナ禍においては、2020 年4 月の最初の緊急事態宣言時には、景気判断DIは、過去最低レベルの「7.9」まで落ち込み、「異常事態」をまさに映していました。
次のグラフは、この2 年間の分野別のグラフです。
〇青...「家計動向関連」のグラフ
顧客を消費者とする小売業・飲食業・サービス業・住宅建設業など「B - to - C」業種について
〇赤...「企業動向関連」のグラフ
顧客を事業者とする「B - to - B」業種の製造業・建設業・サービス業などの業種について
〇グレー...「雇用関連」のグラフ
ハローワーク・人材派遣業・求人を受ける学校など、雇用状況に敏感な企業・団体の業種からの情報による
各指標とも、2024 年2 月では50 を上回っていましたが、3 月以降から50 を下回り始めました。今年1 月まで、大きくは下落することはありませんが、若干ですが「50」を下回る月が続いています。現在は、踊り場的な状況と言えます。
これは、家計・企業・雇用の各指標において、景気好循環よりも「インフレ経済」が先行的に強まっていることが要因の一つとして考えられます。
それでは、同時期の関東圏を「東京」「南関東」「北関東」に分けて見てみましょう。
関東圏では常に、「東京」が日本をけん引する形で最も高く、この一年も常に50 以上で推移しています。続いて「南関東」「北関東」となる傾向にあります。
それでは、地域別の具体的コメントの中から、北関東地域でのコメントの一部を要約します。
①景気判断が「良・やや良」のコメントより
業種・職種 | 判断の理由 | 具体的状況の説明 |
食料品製造業 | 受注価格や販売価格の動き | 原料価格の高騰に対する価格転嫁が受け入れられている。 |
コンビニ | 単価の動き |
食標品を中心に値上げが相次いでいるため、若干買い控えの様子も見られる。 来客数は好調なことから、やや良くなっていると判断している。 |
②景気判断が「変わらず」のコメントより
業種・職種 | 判断の理由 | 具体的状況の説明 |
窯業・土石製品製造業 |
受注量や販売量の動き | 年度内は順調に続くと考えている。 |
輸送用機械器具製造業 |
受注価格や販売価格の動き | 2~3か月前にある程度受注価格の見直し等をしてもらったので、いくらかは景気が良くなっている。 |
乗用車販売店 | 販売量の動き | 今月中旬から受注が増加傾向となり、横ばいで推移している。 |
③景気判断が「やや悪又は悪」のコメントより
業種・職種 | 判断の理由 | 具体的状況の説明 |
家電量販店 | 販売量の動き |
売上の動きは、12月から1月の進捗を前期と比較すると10ポイント下がっている。また、今月は前年比で99%と前年実績を割っている。 厳寒のため、好調な商材はエアコンで113%となっている。 |
電気機械器具製造業 | 受注量や販売量の動き |
受注量は前年比で2~3割下がっている。 年度末に向けて調整しているようなので、在庫が多いのかもしれない。 |